挫折、中断、6年後に再挑戦した会計士受験──働きながら「やっと終わった」に届くまで

公開日:2025.12.15

最終更新日:2025.12.16

ひと握りの受験者しか「合格」に辿り着けない、ハードルの高い会計士受験。悲願達成への道は一本ではなく、歩き方も人それぞれです。

今回インタビューにご対応いただいた稲葉正仁さんは、新卒で入社した会社を3カ月で退職。簿記との出会いを追い風に公認会計士を志し、アルバイトと勉強の両立を選択しました。その後、再び就職して環境を変えながら、足掛け3年で短答式試験を突破するも、論文式試験で3度の挫折と勉強の中断を経験。そして6年のブランクを経て再挑戦の意義を見出し、CPA会計学院の受講生に。念願の合格へ辿り着きました。稲葉さんが紡いできた稀有なストーリーは、積み重ねる力が未来を開くことを教えてくれます。

稲葉正仁さんプロフィール

2011年、会計のアウトソーシングやコンサルティング、人材派遣を手がける株式会社サンライズ・アカウンティング・インターナショナルに入社。幅広い業種のクライアント対応を経験しながら、公認会計士の試験勉強の経験を生かし社内講座も担当。2016年マネージャーへ昇進。チーム全体のフォロー及び管理職として、スタッフの人材育成に注力。

1.高校中退、就職迷走、そして簿記との出会い

──まずは稲葉さんのご経歴からお聞かせください。

稲葉 私は高校を中退しており、一浪した同級生と同じタイミングで大学に入りました。少し回り道して入学したものの、あまり講義には出ず、バイト中心の生活を送っていました。そして就活の時期を迎えるのですが、リーマン・ショックの余波もあり、たくさん面接を受けているのに箸にも棒にもかからない。4年生の12月、卒業間近にようやく一社だけ内定が出たんです。迷いもありましたが、「ここしかないなら、行くしかない」という心境で入社を決断。春までに少しでも働く準備をしておこうと思って、よくある「新入社員が読んでおくべき本」の情報を漁っていたら、たまたま簿記の参考書に出会ったんです。

──それが稲葉さんの人生を変える出会いになったわけですね。

稲葉 そうですね。大学を卒業して、暇な春休み期間に簿記の勉強を始めました。その後、4月に内的先の企業に入社するのですが、3ヶ月で辞めてしまって……。新卒のくせに生意気だったかもしれませんが、収入的にも、将来の見通し的にも、明るい未来を描ける会社ではなかったんです。「どこでもいいや」のスタンスで就職するとこういうことになるのかと、入社早々に後ろ向きな気持ちを抱えてしまっていたんです。

──社会人1年目の等身大の感覚だと思います。

稲葉 一方で簿記の勉強は続けていていたので、腕試し感覚で毎年6月に開催される簿記検定の3級と2級を受けてみたんです。2級は背伸びして受けたので、案の定、ボロボロだったのですが、3級は「これは受かったな」という手ごたえがあって。その高揚感に背中を押され、試験を受けた帰り道に公認会計士の予備校に申し込みに行きました。我ながら無謀ですが、申し込んだ時点で「会社辞めるぞ」モードでした。

──それだけ簿記が面白かったということですか?

稲葉 そうですね。数字は嘘をつかないじゃないですか。「合う」か「合わない」がはっきりしている世界が、自分に合っていると思いました。当時は公認会計士の仕事を深く理解しているわけではなかったものの、「会社を辞めるためには手に職をつけるしかない!」という意気込みだけで突っ走ってしまって。7月初旬に会社を辞めたのですが、昼休みに勢い任せで人事部に電話をしたんですよ。「会計士になります。今日辞めたいです。最短で退職するにはどうしたらいいですか?」って。あり得ないですよね(笑)。

──その勢いとエネルギー、決して軽はずみではなく、切実なものですよね。

稲葉 真似することはオススメしません。むしろ、目の前に同じことをしようとする若者がいたら引き止めます。ただ、当時の自分は、本当に先行きが不安だったんです。会社に残ることで何が得られるのか、分からなかった。ただ、公認会計士を目指す決断をしたものの、勉強だけすればいい環境だと怠けてしまうと思ったし、そもそも勉強だけに専念できるほどの資金もなかったので、週5日アルバイトをしながら合格を目指すことにしました。そこで失敗したのが、勤務先に本屋を選んでしまったこと。立ち仕事で体力を奪われてしまうのがネックでしたね。ただ、レジの業務でお客様と会話すること、同僚と会話することが良いリフレッシュになっていた部分もあります。9時半にバイトに行き、17時まで働く。その後、予備校へ行って、18時から22時くらいまで勉強。そんな生活を1年ほど続けました。

2.受験撤退から再度就職、短答突破までの道

──気分転換と社会との接点。図らずとも孤独に傾き過ぎないための工夫ができてきたわけですね。そして初挑戦となるのが2011年の短答式試験でしたよね

稲葉 そうです。結論から言うと惨敗でした。それこそリーマン・ショックを機に受験者が爆増しているタイミングで、私が受けた回は合格率が6.5%(論文式試験)まで落ち込んでいました。問題もめちゃくちゃ難しくて、テキストを一周しただけのレベルだった私には太刀打ちできなくて、絶望したことを覚えています。「もう1年やったとしても受からない」と確信してしまうほど、自分の実力と合格ラインの間に圧倒的な距離がありました。ただ、もしかすると、そこで徹底的に打ちのめされたのが良かったのかもしれません。ギリギリ受からない状態が長く続くと、引き際の判断に迷うじゃないですか? 

── 「継続」か「撤退」か。多くの受験生が直面することになる悩みです。

稲葉 当時の私は25歳。どうしても周囲と自分を比べてしまう年代です。同世代はちゃんと働いて、ボーナスで車を買っている。一方私は、大学は奨学金、予備校はローンでしたから、「もう一度ローンを組んで勉強に専念する」という選択肢は現実的ではなくて。だから再び就職して、働きながら生活の土台を整えたうえで勉強を続ける方針に切り替えました。

──そこで現在の勤務先である株式会社サンライズ・アカウンティング・インターナショナル(以下、サンライズ)と出会ったわけですね。複数応募した中の一社だったのですか?

稲葉 会計や経理の仕事がしたかったので、5〜6社の採用に応募して、2〜3社の面接を受けたと思います。2011年5月に受験撤退を決め、8月に入社できたのは運が良かったと思います。

──同じような状況の方々に対して、面接対策としてアドバイスできることはありますか?

稲葉 会計士を目指して勉強中であることを伝えると、面接官としては「仕事をおろそかにしないか?」という目線になるのは当たり前ですよね。それを心配させないようなアピールをする必要があると思います。そして、会計や経理の実務経験がない人ほど「何でもやります」というアグレッシブな姿勢を見せることが大事。私の場合はバイト先で年上のスタッフとコミュニケーションする時間が多かったので、その経験を挙げながら「チームで協力して働ける」ことを自分の武器として伝えていました。

──サンライズの面接はどんな感触でしたか?

稲葉 サンライズは、何社か面接を受けた後にスカウトメールが届いたんです。「勉強したことを活かしませんか?」という言葉が刺さり応募しました。一次面接の数日後に社長面談の連絡があり、「よかったら一緒に働きませんか?」と言われ、応募から内定まで10日かからないスピード感でした。

──公認会計士試験の勉強で専門的な知識を身につけていたことや、「何でもやります」というスタンスが、当時のサンライズが求める人物像にマッチしていたのかもしれませんね。そして8月に入社して、すぐに勉強を再開したのでしょうか?

稲葉 最初の半年はほぼ勉強できませんでした。仕事を覚えることにエネルギーを注いで、帰宅したら倒れるように寝るだけ。でも半年経って仕事の緩急が掴めると、1日のスケジュールに勉強を組み込めるようになりました。短答式試験は半年ごとに必ず挑戦することを自分に課して、通算6回も受験したんですよ。60点まではいけるけど、なかなか7割に届かない。でも「数打ちゃ当たる!」と腹を括って受け続けました。

──念願の短答合格は2013年12月。「これは受かった!」という手応えはありましたか?

稲葉 いや、自己採点が71〜72点だったので確信はなかったのです。勝因は分からないのですが、当時は職場で部署を異動した直後で仕事が忙しい時期だったんです。忙しいからこそ、限られた時間で集中力を研ぎ澄ませるしかない。それが功を奏した部分はありますね。

3.挫折・中断・6年越しの再挑戦で見えた挑戦の意義

──満を持して論文式試験に進み、次はどんな壁に直面しましたか?

稲葉 長年にわたって選択肢の問題に慣れていたので、やっぱり最初は長い文章を読み書きすることが大変でした。私が苦手だったのは答練です。「この書き方では点が入らない」という赤字のフィードバックが顔の見えない相手から届くのが苦手で……。「どうせボロカスに書かれるからやりたくない」という負のスパイラルにはまった時期もあります。

──どうやってその状況から抜け出したのでしょうか?

稲葉 1回目の挑戦はボロボロだったのですが、2回目からは有料の自習室を借りて、仕事帰りや休日に答練に集中する環境を設けました。定時で帰れることも増えた時期で、ちゃんと勉強時間を確保できた。しかし2回目の論文式試験も受からず、そこでモチベーションが急降下。職場での仕事にやりがいも感じていて、マネジメント職に昇進したので、監査法人で新人として働く意義を見失いかけてしまって。「もういいかな」という投げやりな気持ちで、3回目の論文式試験を受けました。結果は……言うまでもないですよね。

──そこから勉強を中断して、6年後に再挑戦されたんですよね。どんな心境の変化があったのでしょうか?

稲葉 その頃、仕事でグラントソントン・アドバイザーズの方々と一緒に働く機会があって、彼らのコンサルティング能力に刺激を受けたことがきっかけのひとつです。また、クライアント企業で優秀な組織内会計士に出会うことも多く、自分も会計士になることで仕事の幅が広がるのではないかと思うようになりました。

──1度見失ってしまった「公認会計士になる意義」がはっきりとしてきたということですね。再挑戦1回目は2022年12月だったと聞いています。

稲葉 はい。その時は感覚を取り戻すことが目的でした。2023年に受かったらかっこいいと思っていたのですが、さすがに無理で。ただ、一通りの勉強を経験しているというアドバンテージがあることはちゃんと実感できました。再チャレンジ期は自習室に通わず、カフェや自宅での勉強が中心。自分のなかで大事にしていたことは、短時間でもいいから必ず毎日勉強することです。どんなに帰宅が遅くても、5分は教材に触るようにしていました。

──社会人が参考にしやすいスタイルです。長時間の講義をまとめて聞くのが難しい分、細切れでも継続する。

稲葉 その頃はリモートワークを選択できたので、不要になった通勤時間を勉強に割くことができました。実家から職場が遠いので、9時出勤だと通常は朝7時台の電車に乗っていたのですが、リモートワークの日は8時から30分だけ勉強することも可能になって。30分でも、全然違う。そういう積み上げが効いてきました。そんな感じで勉強がはかどり、1度目の挑戦ではよく分からなかった論点も、2度目の挑戦では「あ、そういうことだったのね」って腑に落ちる瞬間ことが多くて。それも長年の蓄積がベースにあったおかげ。勉強で大事なのは、自分に合った戦略がある程度見えたら、それを突き詰めることだと思います。

──社会人としての経験が、論文式試験で活かされた部分もありますか?

稲葉 それは結構あります。例えば、会社の会計処理って部署ごとにズレが起きがちですよね。そういった現場のイメージを持っているだけで問題を解像度高く読み取ることができる。また、日頃のメールや業務上のコミュニケーションの積み重ねで「相手にどう伝えるか」という文章力が鍛えられているので、論文式試験でも建設的な文章を構成することができるようになる。論点が外れていても、意味が通じるような文章でまとめれば、少なくとも爆死は免れる。そんな手応えがありました。

──そして2024年11月、ついに合格発表の瞬間を迎えました。率直なお気持ちは?

稲葉 「やっと終わった」。歓喜というより、長い旅が終わった安堵が大きかったです。今後、実務補習の短縮申請に向けて、会社に協力してもらいながらさまざまな書類を用意している状況です。

4.「両立」で得られる強さ。「今日の5分」が物語を動かす

──ここからは「挑戦の意義」について伺いたいです。一度線を引いて就職して、また「今なら受けたい」と戻ってくる人へ、メッセージはありますか?

稲葉 公認会計士になるための勉強は、若いときに参入する人が多いですよね。でも、若いときは情報が少なく、イメージだけで突き進んでしまいがち。だから、一回引いてみることで、自分が本当にやりたいかが見えることもあると思います。働いてみたり、いろんな経験をしたうえで「やっぱりやりたい」と思うなら、そのモチベーションは最初にチャレンジしたときより強いはず。腹落ちした意義があるから、続けられる。私自身の話をすると、高校を辞めたときも、社会人で就職がなかなか決まらないときも、先は真っ暗に見えました。それでも、勉強はちょっと得意で、その細い糸を握り続ければ、いつか道が開けるかもしれないと思っていて。積み重ねた努力は、どこかで必ず活きる瞬間が来る。だから、一番もったいないのは、精神的に病んでしまって何もできなくなること。そうならないように、自分のペースを大切にして、気持ちが折れない工夫をしてほしいです。

──社会人受験生は、仕事と勉強の両立にどう向き合うべきだと思いますか?

稲葉 両方、頑張ってほしいです。勉強も、仕事も。社会人になってから難関資格を目指す価値は、両立の過程にこそあると思っています。もちろん「短期間で絶対に取得したい」なら、専念という選択もありえる。でも、働きながらやるなら長期戦の覚悟を持つのが現実的ですし、模索しながらでも両方をやりきると「どちらも手を抜かなかった!」と胸を張って言えるし、その経験は後に自分を支えます。私の経験だと、困難に直面したときに「あのとき頑張れたから、またやれるかな」と思える。その強さは一生モノの財産です。

──非常に含蓄のあるお話です。他に伝えておきたいことはありますか?

稲葉 そうですね……語り尽くせないほどあります。でも、最後に少しだけ。私、人生で何度もこけてきてるんですけど、それでも、一応生きてます。ちょっと雑な結論ですが、人生は「何とかなる」。努力を続ければ、数年後に役に立つことが必ず出てくる。人との縁が生まれたり、話が盛り上がるきっかけになったり、いろんな形で報われるはずです。

──稲葉さんは表情も口調も穏やかで、言葉の節々にも優しさを感じます。たくさんの躓きを経験なさったことが、誰かの背中をそっと押せる力になっているんですね。

稲葉 本当にいろいろあったんですよ(笑)。でも、その「いろいろ」を消化して、もう一度自分に勝つ。自己満足かもしれないけど、私はそれをやりたかった。そのために、勉強と仕事の両立にこだわり、環境を選び直し、どんなに遅く帰っても5分は勉強する——全部つながって、「やっと終わった」に届いた。今、先が見えない人も、今日の5分からでいいと思います。小さな前進が、必ず自分の物語を動かしてくれます。

──貴重なお話をありがとうございました。きっと、同じ道を歩く社会人受験生にとって、強い灯りになります

稲葉 こちらこそ、ありがとうございました。これから私も新しい挑戦が始まりますが、地に足つけて進んでいきたいと思います。

キャリアコンサルタント清水知美のコメント

学生時代に結果が出なかった会計士試験に、仕事をしながらリベンジ合格された稲葉さんのお話には、勇気づけられる方が多いと思います。

 グローバル企業のマネージャー職という素晴らしいキャリアに甘んじず、さらに専門性を高めるために学び続ける姿に、心から尊敬の念を抱きます。

「勉強の進捗に関わらず毎年受験し続けていた」「社会人は学生時代より時間は無いが、自分に合った勉強法やペースを理解しているため効率的に勉強できた」といったエピソードが特に印象的でした。 

稲葉さんが活躍されているサンライズインターナショナルは、就職先としても大変人気です。 稲葉さんに続いて、仕事と試験勉強のどちらも頑張る方が増えると良いですよね!

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